shougaの生き方模索雑記

日記、心の安定、長野移住、登山、etc…

何も出来ん

ニトリから届いた棚が未だに段ボールのまま。もう2ヶ月以上経ってるのに、組み立てに取り掛かれない。これが普通になりすぎて未開封段ボール箱が部屋に置いてあることに違和感すらない。いいかげんに開封したい。でも2人組み立て(頑張れば1人でも可能)の大きい棚だからかなり気合が要る。

 

暑いから旅行にも低山登山にも行く気にならない。高山は夏がシーズンだけど、装備も知識も経験も無いから行けない。上高地くらいなら行けるけど、もう何度も行ったことあるからしばらくはまだいい。

 

というかもう食材の買い出しすら面倒。冷凍庫がついに空っぽになってしまった。もうグラノーラor塩にぎりとかでいいよ。

 

郵便ポストに色々届いているけどそれも確認するのが面倒で放置してしまっている。絶対確認した方が良い。

 

こんな状況だから就活も出来てない。サポステも行ってない。

 

一応、散歩or短時間のランニングはほぼ毎日してる。今日は気付いたら行けず終いだったけど。

 

普段何してるかというとだいたいはYoutube見てるけど、別に面白くはない。面白くないけど何故か見てるって感じ。なんでだろ…。ゲーム系の動画もついに飽きてきた。音楽もそこまで聴いてない。自然とか環境音とかそんなんに落ち着いてきた。あとは山岳事故解説の動画とか。

というかゲームにそこまでのめりこめないと感じるようになってきた。所詮はゲームという枠組みから出られてなくて限界があるというか…。どんな神ゲーでも不満点を探せばそれなりに見つかるし。画面でいくら動いても内容が良くても、結局は画面の前で座ってじっとしてる自分が居るだけなんだよな。画面の向こうのゲーム制作会社や開発者の思惑や意図、時間や予算の事情を意識してしまって熱中しづらい。

対戦系のゲームはストレスが大きいし。FPSでいえば、たかがゲームでエイム練習だの座学だのバカバカしいし、たかがゲームで味方から暴言を吐かれるような殺伐さなど罰ゲームだ。ゲームというのは気軽かつ楽しければそれで良いんだ。つまり任天堂のスタイルは素晴らしい。

 

ネットを眺めることに飽きたのなら現実世界で行動する流れになる。これは良いことだ。『スマホ脳』という本によればスマホやPCを眺めるスクリーンタイムが長ければ長いほど精神状態が悪化するという、警戒すべきレベルで鬱との相関関係があったそう。他人の人生ばっか眺めてたらそりゃそうなるわな。

ただ現実世界で行動するのにはエネルギーが必要だ。そのエネルギーが湧いてこない。どうすれば湧くんだろう。エネルギーが欠乏しているから行動を起こせず、動画視聴に飽きているのに動画視聴を辞められないモンスターになってしまっている。

 

いやエネルギーが欠乏しているというのも体の良い言い訳に過ぎないのか?少なくとも散歩に行く程度の元気はあるわけで。棚だってやろうと思えば組み立てられるし就活だってすぐ出来るだろう。出来ないと思い込みたいだけじゃないのか?

心理的ホメオスタシスという言葉がある。環境や状況の変化に抵抗を感じる心理のことをいう。自分は大学卒業後は働いていない期間の方が長いしバイトを辞めてからも結構な日数が経ったから、無職の状態がデフォルトになっている。だから働くことに対して抵抗を感じていて、就活にも乗り気にならないという仕組みだ。それが分かったところでどうしようもないから、貯金が尽きる前に気合を入れて働く必要があるのだが…。

 

相変わらず脈絡がないけどまぁ日記なので…。